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私はエンジニアを志し、子供の頃より夢であった飛行機作りに取り組むために最初に勤務したのは川崎重工でした。飛行機の設計、大型タンカーのエンジンルームの設計に携わる機械工学のエンジニアでした。しかし昭和50年から、機械設計技師として独立開業しました。当時設計業だけでは成り立たず、製造まで含めた仕事でなんとか生計を立てていました。
たまたま当地がさぬきうどんの土地であることから、製麺機械の製造販売を始めましたがなかなか売れず、それからは不眠不休でうどん作りの原理原則の研究に没頭してきました。古来から伝承されている手打ち製法の良さを科学的な視点から解明し、製麺機に反映させる開発を続け、うどん、そば、ラーメンなど麺自体の品質研究で独自の麺作りノウハウを構築してきました。その結果、麺の製造販売(株式会社讃匠・昭和58年)から直営うどん店(亀城庵・平成11年)の開業まで、行うようになりました。
さらには麺専門店の実情把握のため、全国津々浦々の麺行脚を続け、繁盛店のあるべき姿を実践で知ることができました。またこのノウハウを活かして、コンサルタント部門を設け、うどん、そば、ラーメン学校も開講し、多くの麺繁盛店を世に送りました。 |
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私は社員によくこんな事を話します、「麺専門店の方々も家族がいて、人生がかかっているんだよ!」と。過去数千軒のお店とお付き合いをし、まさにそれぞれの人生ドラマに遭遇することがよくあります。今では年間で約200軒以上をサポートしていますが、全国のうどん、そば、ラーメン店主の方々から慕われるようになりました。
一般的にはややもすると、売らんかなの姿勢で川上指向に立ちがちですが、川下に立つ店主の日々のご苦労や悩みをいかに解決し、手をさしのべてあげられるかが、私どもの使命だと考えています。店主の笑顔は私の人生の喜びであり、明日へのエネルギー源になっています。どうぞ私どもとご一緒に、サクセスストーリーを考えてみませんか! |
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2006年福岡県太宰府において、シンポジウムが開催された。
特別講演として招かれ、
「変化の兆し、うどんそば店の未来予想図」と題して熱く語り、異彩を放った。讃岐うどんのみならず、麺業界のおかれた現状を講演した。讃岐うどんブームの先を見通し、地域産業についてのクールな課題を分析。また、外食産業は専門化の時代を迎えているなかで、明確なコンセプトのもと、商品力・店舗力・サービス力を組み立て、進化しなければいけないことを熱弁した。
そして「お客様を元気にするのが飲食店の使命」など参加者を
魅了した。 |
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