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はじめに
私は50年近くの長きにわたり、うどん、蕎麦、ラーメン業界の盛衰を見続けてきましたが、私の麺の原点はさぬきうどんです。
製麺機メーカーとして、創業したころは、さぬきうどんの麺の美味しさの本質が十分に分かっておらず、多くの郷土の先輩の方々に美味しい讃岐うどんの作り方の手ほどきを受けました。
そのころのさぬきうどんの製法に関しては、科学的に分析されたデータとか、書籍はほとんどなく、先輩の方々からの口伝(聞いたり・アドバイス頂く)とか、一部の出版されている有名な麺に関する書籍を購入して、独学で学んでいました。
そして、書籍のデータと実際に自分でうどんを作ってみた結果、さらに、創業当時から購入していた麺の食感の分析機のレオメーター、小麦粉の製麺特性を測定するドイツ製のブラベンダーマシンを使って、分析を繰り返していくうちに、うどんの製法の本質が少しづつ理解できるようになってきたのです。
そして、うどん用製麺機「真打」を開発し、販売していくうちに、徐々にうどんの美味しさが認められるようになったのです。
ところが、35年ほど前に東京の下町でうどん店を開業していた、香川県出身の手打うどんのプロ中のプロのお客さまに、真打を買って頂いたのですが、手打ちと違いがあると言われ、麺質に納得して頂けなかったので、毎朝5時からそのお客さまの店に通い、11時の開店時間になるまで、一緒に麺打ちを行なっていたことが本当に懐かしく思い出されます。
その難しかったお客さまにも、最終的には納得して頂き、大変喜んで頂いたのです。
その結果、当社の製麺の知識、レベルも一段と向上したのです。
そして、その知識がこれからのラーメン業界に大きな可能性のある最高品質の多加水麺、超多加水麺作りの原点なのです。
もともと、日本で始まったラーメンは多加水麺だった
もともと、ラーメンの本場中国では蘭州手延べラーメンとか、刀削麺、あるいは青竹踏みのような、手作りの多加水麺だったのです。
日本では明治中期に製麺機が発明され、いち早く日本では、製麺機を使った便利な製麺方法が国中に広まったのです。
それまで手作りであった麺が機械で作られるようになり、徐々に製麺機が日本中に広まり、多加水麺だけでなく、製麺機でしか作れない、中加水麺とか、少加水麺が作られるようになったのは、日本におけるラーメンのイノベーションだったのです。
新しく九州で発明されたとんこつラーメンには、濃厚なスープに合う、少加水の硬い細麺が使われるようになりました。
ところが、最近の日本では、博多とんこつに代表されるような少加水麺、家系ラーメンに代表されるような中加水麺が当たりまえになり、多加水ラーメンとか、超多加水ラーメンが最近出現したように誤解されているのです。
多加水麺が日本におけるラーメン文化として最初に始まったのは、明治初期にさかのぼり、日本に中国人が住み始めた頃で、この頃は多加水麺用製麺機がまだ発明されていなかったので、当然、手作りで多加水麺を作っていたはずです。
そして、明治中期にロール式製麺機が発明されると、ロール式製麺機で製麺可能な多加水麺は作られていたのです。
日本で本格的にロール式機械製麺による、多加水麺が作られるようになったのは、1900年頃で、そのころの町中華と呼ばれている中華そば用に作られ、ほぼ同じ頃、喜多方ラーメンも始まったのです。
したがって、日本における多加水ラーメンの歴史は日本のラーメンの歴史そのもので、少加水麺の博多とんこつはもっと後の方だったのです。
多加水麺の典型的な事例の喜多方ラーメンの麺は「平打ち熟成多加水麺」と呼ばれ、一般的には麺の幅が約4mmの太麺で、水分を多く含ませじっくりねかせてつくるのですが、この麺にはコシと独特の縮れがあるのが特徴です。
ここで念のために、当社の定義では、一般的な「少加水麺は30%以下」、「31~39%が中加水麺」「40%~45%が多加水麺」、「45~55%が超多加水麺」と定義しています。
このように、ラーメンの麺のジャンルがさらに細分化されようとしているのは、ラーメン業界の競争の激化であり、ラーメン店の倒産が増えている中で、反対に成功している店の繁盛の度合は、目を見張るものがあり、その両極端ぶりが際立っています。
したがって、今回はこれからのラーメン業界の進化の先を担うであろう、多加水麺、超多加水麺について、深く切り込んでいきます。
麺だけ食べて美味しいラーメン
最近私がネット上で見つけた面白いブロガー「麺 gogo」 さんが書いている「#1 ほとんどの人が気づいていない麺そのものの味」の一節に、以下のような文章があります。
以下、上記のブログの引用
麺の味が美味しいのは全体の約1%ラーメンが好きな人は多い。
しかし麺の小麦の美味しさが好きという人は少ない。
それはそもそも麺の味が美味しいラーメン自体が圧倒的に少ないので当然だ。
首都圏にある約1万軒ほどのラーメン店(中華料理店含む)の中で、麺の味が美味しいラーメンを提供しているのは100店ほどもないだろう。
つまり麺の味が美味しいラーメン店は1%もないということだ。
このため、そもそもラーメンは麺の味が美味しいものもあるということを知らない人が大部分なのも仕方ない。
ただし約1%のラーメン店主は、麺の味にこだわり、小麦と麺の食感を極める努力をしている。
また極少数であろうが、私のようにラーメンは麺の味であると評価しているラーメンファンのために、麺の味についての条件について考察する。
何も付けなくても麺の味だけで美味しい麺
今はスーパーでも良い生麺が購入できる。
しかし、茹でた麺をそのまま食べるのは難しい。
かん水の苦味もあり、とても濃いスープと一緒でないと食べにくい。
しかし、美味しい麺は何もつけず茹でただけでも美味しく食べられる。
噛んでいると小麦のほのかな甘い香りが鼻に抜ける。しなやかなコシと気持ちの良い歯切れ、いつまでも噛み続けていたい幸せな麺体験だ。
私は仕事柄、いろいろな方がネット上にアップしている原稿をたくさん読んでいるが、今回初めて「麺 gogo」さんのブログを読み、この方のラーメンの麺に対する見識と愛情に感心しました。
どのようなバックグラウンドを持っている方かわかりませんが、麺の研究を深くされていることに驚きました。
うどんや蕎麦の場合は、出汁をつけずに麺だけで美味しいものが数多くあり、難易度はそれほど高くない。しかし、ラーメンの場合、麺だけで美味しいとされるものを作る難易度は非常に高いのが現状です。
私は、うどん用製麺機「真打」、十割蕎麦用製麺機「坂東太郎」、ラーメン用製麺機「リッチメン」の製麺機の製造販売を通して、本当に美味しい麺作りの研究に人生を傾けてきた。そのため、この難易度の高さが非常によくわかります。
今回は、そのような難易度の高い麺作りについて深く迫っていきたいと思います。
私は、製麺機の開発と製造にほぼ半世紀近くかけて来ているので、製麺機の良さだけでなく、問題点も良く分かっています。
最高に美味しい麺を作ろうと考えた場合、製麺機の最も大きな欠点は過大な力、つまりパワーが強すぎることなのです。
もともと、うどん、蕎麦、ラーメンにしてもすべて手打ちなどの優しい力による手作り製麺でした。
手打ちと機械の場合の最も大きな違いは、そのパワーの差だ。手打ちでは麺生地に加わる力は非常に小さいが、機械の場合、手のような微妙で繊細な加圧力のコントロールが難しく、どうしても単純で過大な力がかかってしまいます。
すると麺生地の組織が破壊され、柔らかくて粘り強い麺ではなくなり、硬い麺になりやすいのです。
そうならないよう最大限努力している製麺機が「真打」であり、「坂東太郎」なのだが、それでも限界があるのです。
「真打」よりも、もっと手打ちに近づけたのが、最近開発したフットプレス「AFP-6」や、「坂東太郎プラス」に付随する「舞姫」、そして蕎麦の練り込み装置「菊二郎」なのです。
これをもっと分かりやすく説明すれば、当社の多加水麺用製麺機の開発思想はすべて手作りとの競争で、手作りの製麺をできるだけ忠実に機械に置き換えてきているのです。
そして今現在もいかに手打ちに負けないか、それを凌駕することができるかという視点で製麺機を開発しています。
しかし、これは手作業で製麺可能な多加水麺に関してだけの話です。
中加水や少加水麺は初めから手作りが不可能なため、手作業との比較はなく、中加水麺や少加水麺としての新しい食感の追求をエンドレスに行っているのです。
冒頭で述べた「真打」の初期販売時、プロ中のプロである東京の顧客との手打ちうどんの品質比較において効果を発揮したのが、ミキシング直後の第一熟成、そして鍛えた直後の第二熟成の効果でした。
当時、まだ麺業界全体に熟成による麺質改善効果が認識されていなかったが、これはその後、ラーメン用製麺機「リッチメン」の開発においても、美味しい麺作りに非常に役に立ちました。
多くの日本人を魅了し続けてきた日本のラーメンの進化の特徴
どこかの機会でまた詳しくご説明しますが、私は日本におけるラーメンの進化の歴史は中国での時代の第0世代から始まり、約160年前に日本に渡ってきた第一世代が始まり、今日では既に第五世代のラーメン文化へと発展してきたと考えています。
うどん、蕎麦店ビジネスと比較すると、いかにラーメン店ビジネスの変化が激しいのかが良く理解して頂けると思います。
そして、最近ではインターネットの発達により、店舗のランキングが簡単に分かり、SNSでの情報が飛び交い、更にInstagramでの美味しそうな画像が簡単に共有され、ラーメンくらい、変化の激しい飲食ビジネスはないと思っています。
したがって、同じ麺類ビジネスのうどん、蕎麦店ビジネスと比較すると、競争の厳しさは比較できないのです。
その間、実に多くの人たちがラーメンビジネスの未来に魅せられ、チャレンジをし続けてきたのです。
一部の成功者と、残念ながら報われなかったその他の多くのチャレンジャーの歴史でもあるのです。
そして、現在のラーメン業界の1つの大きなチャレンジの方向性が多加水、超多加水つけ麺です。
これらの麺に要求されるのは、上記で触れた「麺だけ食べても美味しい麺」なのです。
一切、スープを付けずに麺だけ食べても美味しい麺がこれからの多加水麺、超多加水麺で高みを目指す人たちに要求される厳しいレベルなのです。
それではまず、これらの麺はラーメンの麺の相関図上での位置を明確にしたいと思います。
(注記)ラーメンの場合もうどんと同様に、麺の硬さは小麦粉に含まれているたんぱく質の含有量で決まります。
硬い麺はたんぱく質が14%程度、低い方は8%程度とうどんと比べると、範囲が広いのが特徴です。
粘り強い、餅感のあるラーメンもアミノ値の高い小麦粉が必要です。
ラーメンの場合、うどんと一番大きな麺の違いは、太さです。
うどんはある程度の太さと決まっていますが、ラーメンの場合は、非常に細い場合から、うどんに近い太さまで、千差万別です。
一般的に細い麺ほど、たんぱく質の含有量が多く、太い麺ほど、うどんに近くなります。
最近は小麦粉の差だけではなく、小麦粉の捌き方までこだわっている店が多くなり、全粒粉、粗挽き(粒度)等により、食感に大きな差を生み出す事が出来るのです。
上図から、分かる通り、つけ麺の守備範囲は広く、この広い守備範囲のうち、自店のつけ麺のスープと最も合うのはどの位置であるかを明確化する作業が最初です。
その場合に、すでに成功している他店と同じ路線を狙うのではなく、競争相手の少ない、あるいは居ない新しいエリアを狙うことをお勧めします。
例えば、最初にご紹介したブロガーの麺gogoさんが最も指摘しているのは、多加水、または、超多加水の太麺のジャンルで、これが最も難しいと指摘されています。
これについて、私は「一部同感な部分」と「そうでない部分」があります。
実際にラーメン店をやっている多くの方々が麺質探求において、おちいっている大きな課題は小麦粉の選定です。
現在、日本国内ではさまざまな製粉メーカーから、多分、1千種類以上のラーメン用小麦粉が販売されていて、国産のラーメン用小麦粉も非常に多くの種類が販売されています。
そして、多くの人たちは何種類の小麦粉をブレンドしているのが現状です。
私は、過去、さまざまな独自ブランドの小麦粉を作って来ており、今も国内の多くのうどん店で使われている小麦粉が「うどん日本」です。
「うどん日本」は、2~3種類だけの小麦粉で作られて、ベースになる小麦粉はタンパク質が8.5%付近で、アミロ値(粘弾性を示す数値)が1200bu以上の非常に粘り強い(餅状食感)の小麦粉で、この小麦粉が大半で、少しだけタンパク質の高い国内産の小麦粉で、力付けしています。
この結果、粘り強い食感がベースになっていますが、その中に、力強い硬さも残り、理想的なさぬきうどん用小麦粉ができているのです。
消費者の食感に対する大きな嗜好の変化
麺の食感作りで忘れてはいけないのが、お客さまの食感の嗜好の変化のトレンドです。
私の生まれ育った本場のさぬきうどんにおいても、以前のさぬきうどんと現在のさぬきうどんにおけるお客さまの嗜好の差には、大きな変化が見受けられます。
それは、私が小さいころは、おやつに硬いするめいかを火にあぶって食べていたのですが、今は、あんなに硬いものを食べる人は、まったくいなくなったのです。
反対にスイーツにしても、口溶けが良い、しっとりしたスイーツが好まれるようになり、食べやすさはこれからの食べ物を作る時に絶対的なテーマになってきました。
日本では米の消費が年々減少の一途ですが、反対に米を成型した餅とか、あられ、回転寿司は伸び続けているのです。
米飯は箸で食べるのは、食べやすくないのですが、成型された米の加工食品は食べやすいのです。
そして、世界的な食感のトレンドとして、以前、欧米人には受け入れられなかった餅感が認められるようになってきました。
これも食感のトレンドの大きな変化で、パリのバゲットとか、北米のパンも餅感の食感が取り入れられるようになったのです。
麺でも上記のように、2大食感の粒状食感と餅状食感を比較すると、餅状食感が伸び続けているのです。
以上が第一部です。第二部は、より専門的な高いレベルになりますが、プロ中のプロを目指し、新しいラーメン作りに情熱を持っていらっしゃる方はぜひ、チャレンジしてみてください